- 彼は、新生児の口にナツメヤシを付けられることを好まれハサナイン(孫のハサンとフサイン)にもそのようにされました。
- 彼は自分の子どもの生後7日目に、アキーカ(家畜一頭を余すところなく犠牲に捧げること)を行い、子供の毛髪の重さの銀を貧者に与えました。
- 男児の割礼を行うのは生後7日目が相応しいと、彼は認識しておられました。
- 彼は自分の子供に、小さな時から善良な称号と通称を与えられ、決して彼らに醜悪な名前を付けることはありませんでした。
- 朝になると、彼は自分の子供たちと孫たちの頭を撫でられました。
- 彼が礼拝の平伏(サジダ)をしている最中に、家の子どもたちが彼の背中に乗った際には、サジダを長引かせ子供たちの遊びの邪魔にならないようにされました。
- 集団礼拝中に子供の泣き声が聞こえると少しでも早く母親が赤ん坊のもとに行けるように、との想いから彼は礼拝を手短に行われました。
- 彼は子供たちにもまたサラームの挨拶をされました。そしてこのように仰いました。「私がこの世を去った後にまでこの伝統が続くよう、私は私の人生が終わるまで子供たちへのサラーム(挨拶)をやめはしない。」
- 祈願や命名の為に新生児たちが彼の許に連れてこられ、時には彼の洋服を汚す(排泄)ことがありました。新生児の母親や周囲の者たちは大変動揺しましたが、彼はこのように仰いました。「完全に終わるまで楽にさせてあげなさい。、私は服を洗えるが、あなたたちの叫び声は子供を恐れさることになる。」
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